【いよいよ刑務所へ】元ヤクザ、留置所で「裸検診」の後、オカマとの出会い、実刑2年2カ月
【塀の中はワンダーランドVol.10】「おーい! サカハラ、拳銃出せェー!」
■「おーい! サカハラ、拳銃出せェー!」
「マサコの部屋には入れないの。危険だから」
担当が男にからかうようにして言った。男は「マサコ」という名前だった。
「あら、嫌だぁ、危険だなんて。こんなに可愛い乙女なのにぃ……」
そのマサコが口を尖らせる。
「あー、可愛い乙女のところには、いい男は入れないの」
担当官にそう言われ、マサコは途端に相好を崩した。
「あら、担当さん、可愛い乙女だなんて、嬉しいこと言ってくれるじゃない。だったら赦してあげるわん」
マサコは危険視されていたことから、野郎ばかりいる雑居部屋には入れなかった。入れれば部屋の男たちのチンコを皆口に入れてしゃぶってしまうのは自明だったからだ。そのため、新入りが来ると、自分の好みの男を見つけては、本気ともつかないジョークを飛ばして楽しんでいたのである。
このマサコの罪名は暴力行為と窃盗だった。事件の発端はこうだ。
保谷駅の側のコンビニで、マサコが万引きしているところを女子高校生たちに見られてしまい、通報されてしまった。
それに腹を立てたマサコが、「あんたたち、何、余計なこと言ってんのよ」と女子高校生二人に暴力を振るい、駆けつけてきた警官によってパクられたのである。その後の調べで検事から犯行に及んだ動機を聞かれたマサコは、もっともらしく真面目な顔をして、
「私、生理中でイライラしていたの。だからつい手が出ちゃって……。検事さん、赦(ゆる)してくださーい。反省してまーす」などとふざけたことを言ったことから検事の怒りを買ってしまい、起訴されてしまったのだ。
担当がけたたましい音を立てて四房の扉の鍵を外し、房扉を開けた。ボクは白いペンキで五番と書かれたスリッパを脱ぐと、房扉の前に揃えた。
「先ほど、土野さんという人から洗面用具一式、差し入れがあったみたいだから、あとで入れておくから」と担当が耳元でささやいた。
どうやら、四課から連絡が行ったため、弟分の尚が差し入れに来たようだ。
再びけたたましい音を立てて房扉が閉められると、部屋には四人の先客がいた。
結局ボクは、カード詐欺とシャブ取締り法の二本立てで起訴と相なってしまった。御上から判決をいただき、移管になるまでの2カ月間の留置場生活では、朝飯の改善(毎朝、ホイップクリームとあんこの乗ったコッペパン二本だったことから、うんざりしていた)を叫び、要望書を書きまくったものである。
そして、係長相手に「夜も煙草を吸わせろ!」と言って、留置場の厄介人どもを煽動し、「タバコ吸わせろ!タバコ吸わせろ!タバコ吸わせろ!」とシュプレヒコールを叫んだりして、毎日の無聊(ぶりょう)を慰めていた。
ある日、それが現実となった。それは、係長が不用意に発した言葉の言質を、ボクが取り、吉祥寺のある組織の人間と二人で、就寝後に吸わせるようにしてしまったのだ。
ボクが移管になるまで続いたそのタバコの味は、また格別だった。留置場にいたまま執行猶予で出ていったマサコは、留置場の中で好きになった窃盗犯の若い男に熱を上げてしまい、健気(けなげ)にも差し入れに来ていた。
事件になった盗難カードは、所沢の駅前で拾った物として処理された。給油で使った分はすべて弁済した。その結果、2年2カ月の実刑となった。
八王子拘置所(通称「八拘(はちこう)」)へ移管になる日、ボクは三階の外階段から、見るからに柄の悪そうなマル暴の面々に見送られた。相変わらず誰も垢抜けていなかった。パイナップル柄のド派手な開襟シャツを着たイガグリ頭が踊り場から見下ろして、
「おーい! サカハラ、元気でやれよーォ! 身体に気をつけてなーァ!」と叫んで手を振ってくれていた周りのデカたちもそれに釣られて別れの短い言葉をかけてくれる。
しかし、その中で一人だけ違ったことを言った奴がいた。係長だ。別れぎわになっても、まだ、「おーい! サカハラ、拳銃出せェー!出て来たら、オレのところへ持ってこーい!」と叫んだのである。
ボクはそんな欲張り係長に呆れつつも、心の中でお世話になった礼をつぶやき、また一歩前進だなと、護送バスに乗り込んだのだった。
(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜【塀の中】編へつづく)
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